華優希という稀代の娘役トップの退団挨拶

コロナ禍の中、タカラヅカ・スカイ・ステージは、華優希のサヨナラショーを中継してくれました。

ライブ配信の場合、リアタイでの視聴しかできないので、本来であれば平日の今日の千秋楽は見ることはかなわないはずでした。

それがスカイステージで放映してくれることになりました。

タカラヅカニュースでさっと様子を知ることしかできなかったはずのサヨナラショーや退団挨拶を、録画して帰宅後にじっくり見ることができました。

宝塚歌劇団の皆様、ありがとう。

どこまでも華優希を貫く退団挨拶

華優希とは

何で華優希なん?

華優希が明日海りおの相手役になると聞いたときの私の第一印象は、「何でまた?」でした。

明日海りおはVISAガールも務めた宝塚のサラブレッド中のサラブレッドです。トップになるべくしてなったトップスター。

そのトップ就任は下級生時代から誰も疑わなかったはずです。

その稀代のトップスターの相手役にもっさり(ごめんなさい!)とした印象の華優希とは…

しかし、華優希は明日海りおに守られ、トップ娘役としてのポジションを固めていきました。

華優希への批判は的外れでしかない

華優希は、歌ヘタであることを批判されますが、宝塚は何かできるからトップになるわけではありません。

美形だからトップになるわけですらない。

あえて言えば、「トップになるからトップになる」わけで、それは明日海りおとて同じです。

89期で歌ウマを並べて明日海りおが一番になるはずもない。ダンスもそこそこ。芝居も明日海りおでしかない。

時々、思い出したように「何かができないから」「美形でないから」といった批判をする人たちがいますが、その批判は宝塚の場合には意味がありません。

華優希は華優希でありさえすればいい

明日海りおが明日海りおであることを最大のバリューとしてトップになったように、華優希は華優希であったからトップになったんです。

そして、華優希は退団の挨拶のその時まで、華優希でした。

明日海りお、柚香光という二人のトップスターの相手役として、娘役に期待される娘役をしっかり演じきってくれました。

決してそれ以上でもなく、それ以下でもない。

「娘一」として期待される姿を体現してくれました。

トップスターへありったけの忠誠を示し、と同時に周囲360°への配慮を欠かすことがありませんでした。

その配慮も決して出過ぎることはない、しかし娘役トップとしての強さ、華優希という人の芯の強さを感じさせてくれました。

華優希が娘役トップとして口にする「感謝」

華優希のすべての挨拶は感謝で始まる

華優希の挨拶はすべての場面で、「感謝」から始まります。

これは彼女の基本的な姿勢であると同時に、娘一に求められる役割です。

娘役一はトップを支え興行について責任を負うわけで、感謝を示すのは当然です。

娘役トップの場合は多くが低学年です。その難しさは想像に難くありません。感謝はごく自然な感情でしょう。

しかし、娘一の感謝はトップスター自身が口にする「感謝」とは異なる要素もあります。

トップスターの「感謝」にシンクロした「感謝」

これが娘役トップを娘役トップたらしめるものです。

それは、娘一の「感謝」は自身の感謝であると同時に、トップスターに共鳴しシンクロした「感謝」なのです。

このトップスターとのシンクロが宝塚の娘役トップを輝かせる要素であり、トップスターを輝かせる要素でもあります。

華優希という娘役トップは、この表現がじつに巧みで美しいのです。

私に本人の心の内を知ることはできませんが、彼女が語る「感謝」に私は真実を感じさせられます。

そして、彼女が「感謝」を口にすればするほど、その評価は華優希自身だけではなく彼女が信頼を寄せる姿勢を見せるトップスターに向けられます。

彼女の示す感謝は彼女が信頼を寄せるトップスターの「感謝」を補強します。

彼女がこの退団の挨拶で語ったことの多くは感謝の言葉でした。

ここに彼女の娘役トップとしての本質があり、これが華優希を稀代の娘役トップとしたのです。

宝塚ファンがトップ娘役に求める姿を体現した華優希

華優希はファンの眼差しを美しく再現してくれる

宝塚の生徒たちの話では、トップに対する信頼や憧れ、また同期を中心とした生徒同士の個人的な仲のよさが強調されます。

だとしても、私は宝塚で強調されるトップや上級生に対する憧れや同期の仲の良さを見せてほしいと思いますし、生徒達は様々な機会でそれに応えてくれます。

こういった感情がなぜ湧くのかは私にはわかりません。

しかし、これは宝塚に限ったことではありません。プロ野球でもダッグアウトやブルペンの雰囲気の良さが期待されていると感じることは少なくありません。

私は決してそれが嘘だとは思いませんが、それが全てではないことも想像できます。

しかし、生徒たちが語る言葉に嫉妬や憎悪の言葉はありません。そして、私もそれを期待しています。

華優希は宝塚にファンが求める「その部分」にもっともよく応えてくれる一人です。

彼女が柚香光を見つめる眼差しは、私達が想像の中で柚香光を見つめる眼差しそのままです。

その言葉は、ファンが柚香光に贈りたい言葉そのままです。

ファンがそうありたいと願う姿を、華優希は私達に見せてくれるのです。

もちろん、私達よりもずっと美しく華やかに、そして可憐に。

娘役が男役を作る

以前、かちゃ(凪七瑠海)がスカイステージの番組で花總まりさんのことを話していました。

花總さんと組ませてもらった時の自分は男役になったというような趣旨の話でした。

男役ありきの宝塚の世界ですが、娘役の眼差しや言葉で男役は男役として鍛えられるのは間違いありません。

そうして男役となったスターに娘役が憧れるのです。

私は男役と娘役は一対のものであることを忘れがちなんですが、華優希という娘役トップを見て、そのことを思い出しました。

もちろん、すでに退団された真彩希帆さんにも同じものを感じましたし、他の娘役にも感じることです。

しかし、私が最もこのことを感じることができたのは、華優希という娘役にでした。

華優希には真彩希帆さんのような技量はありません。

しかし、そのことが華優希という娘役としての力を引き出しているのではないでしょうか。

言うならば、技量の不足したか弱い娘であるからこそ、娘役として体現すべき男役への憧れや恋心を効果的に見せることができたのです。

明日海りおという宝塚のスター中のスターの相手役として抜擢されたからこそ、彼女の魅力は最大化したのです。

そして、その彼女が柚香光をトップとして最高に輝かせました。

華優希という娘役トップがどう記憶されていくのか私にはわかりません。

しかし、一つ言えることは、華優希は間違いなく娘役トップとして求められる本質を体現したトップでした。

華優希がこの時代に存在してくれたことに感謝です。